欲しいVRトラッカーが無かったので開発しました。-理想を形にし続けるSlimeVR対応トラッカー「ららとら」、新モデル公開-
はじめに
こんにちは、KooTAです。
自分は普段、回路設計が本業で、趣味でギターを弾いています。
VRChatやclusterなどのVRSNS、所謂メタバースで音楽活動もしています。
タイトルだけを見ると、「既製品では駄目だったのか」と思われるかもしれません。実際、市場にはさまざまなVRトラッカーが存在しており、現在も新しい製品が次々と登場しています。その中で、あえて個人が一から設計し、新しい製品を作る理由は何なのか。そう疑問に感じる方も多いと思います。
今回は、私が開発しているSlimeVR対応トラッカー「ららとら」シリーズについて、その製品紹介だけではなく、「なぜ作ることになったのか」「どのような考えで改良を続けてきたのか」という開発思想も含めてお話ししたいと思います。
既に「ららとら」の開発経緯や設計コンセプトについては別の記事でも詳しく紹介していますので、本記事ではシリーズ全体を振り返りながら、現在予約受付中の新モデル「ららとら-S-」に至るまでの考え方を中心にご紹介します。
なお、初代ららとらの開発経緯やコンセプトについて詳しく知りたい方は、こちらの記事もあわせてご覧ください。


「作ってみたい」から始まった開発
私は普段、本業で電子回路の設計に携わっています。仕事では「要求された仕様を満たす製品を設計する」ことが中心ですが、趣味として電子工作やプログラミングに触れることも多く、新しい技術や仕組みを試すこと自体が好きな人間です。
その中で出会ったのが、VRChatをはじめとするメタバースでした。現実の身体の動きをアバターへ反映するフルボディトラッキングは、技術者として非常に興味深く、「この仕組みを自分でも作ってみたい」と自然に考えるようになりました。
もちろん、当時からVRトラッカーは販売されていました。しかし、その時点では「既製品では満足できない」というより、「自分で設計し、自分の技術で形にしたい」という気持ちの方が強かったように思います。
実際、最初に挑戦したトラッカーの開発は失敗でした。現在のようなSlimeVRを利用した構成ではなく、VIVEトラッカーのように、赤外線(ベースステーション)を利用した方式を試していましたが、思うような精度は得られず、製品化どころか実用にも至りませんでした。
それでも、その経験は決して無駄ではありませんでした。回路設計やファームウェアだけでは解決できない課題があること、そして「VRトラッカー」という製品は、単に位置を検出できれば完成ではないことを学ぶきっかけになりました。
その後、オープンソースプロジェクトであるSlimeVRと出会い、「これなら自分の設計技術を活かしながら、もっと良い製品を作れるかもしれない」と感じたことが、「ららとら」シリーズの出発点になっています。
当時の開発状況
下記は「ららとらプロトタイプ」の記録です。
当時X(旧Twitter)でPC画面の投稿はしましたが、実際の製品を公開するのは初です。

プロトタイプ、旧作、新作の画像



「自分が欲しい」から、「使う人が使いやすい」へ
開発当初の設計思想は、あくまで自分自身が使うためのVRトラッカーを作ることでした。
自分が納得できる回路を設計し、自分が満足できる性能を目指す。その意味では、完全に技術者の趣味として始まったプロジェクトだったと言えます。
もちろん、市場には多くのVRトラッカーが存在します。それぞれに優れた特徴があり、用途や環境によって最適な選択肢も異なります。そのため、「既製品では駄目だったから開発した」という考え方ではありません。
むしろ私は、回路設計者として「自分ならどのような製品を作るのか」を形にしてみたかったのです。
一方で、実際にVRでライブ演奏やイベント出演を重ねる中で、自分自身が「こうだったらもっと便利なのに」と感じる場面も少なくありませんでした。
例えば、長時間のイベントでは充電切れを気にする必要があります。演奏中やイベントの途中で充電が切れてしまえば、その場で充電を待つことはできません。VRトラッカーというのは、一つ一つがそれなりに高価なため、予備を用意するというのも難しいです。予備の電池へ交換するだけで、そのまま使い続けられる製品があれば、自分の使い方には適していると考えました。
正確な情報ではなくなってしまうので、“当時は”電池式が無かったということは付け加えておきたい!単三電池で動くトラッカー自体はすでにメーカーで作られているし、今は単四で動くものを出していたりするので……
また、私はギターを演奏します。光学式トラッカーでは、演奏中の姿勢や楽器によってトラッキングが不安定になることもあり、ベースステーションの設置場所にも気を配る必要がありました。
その点、SlimeVRはIMU方式を採用しているため、ベースステーションを必要とせず、遮蔽物による影響も受けにくいという特徴があります。自分のVR環境や演奏スタイルを考えたとき、この方式は非常に相性が良いと感じました。
こうした経験から、「自分にとって理想的なVRトラッカー」を目指して設計を進めるようになりました。
また、布団等を被っての使用も可能になります。V睡などに使う際にも、電池を入れ替えての長時間の使用+遮蔽物を気にしない、という使い方はピッタリです。
しかし、製品として公開を検討し、実際に購入してくださる方が現れたことで、開発に対する考え方は大きく変わります。
回路が正しく動くことと、誰でも安心して使えることは、まったく別の話だったのです。
製品として販売する以上、必要なのは性能だけではありません。購入前に安心して検討できる情報、迷わず使い始められる説明書、困ったときのサポート体制まで含めて、一つの製品だと考えるようになりました。
実際に仕様書や取扱説明書を整備したのも、その頃です。技術的な仕様だけではなく、「初めてVRトラッカーを購入する人」が不安なく使えることを意識するようになりました。
そして、サポートを続ける中で気付いたことがありました。
ユーザーが困っているのは、「設定方法が分からない」ことではなく、「設定しなければならない」ことそのものだった、ということです。
この気付きは、「ららとら」シリーズの設計思想を大きく変える転機となりました。
初代「ららとら」が目指したもの
こうして生まれた「ららとら」の設計思想について、改めてご紹介したいと思います。
私が「ららとら」で目指したのは、「VRトラッカーを購入する際の、新しい選択肢を作ること」でした。
現在はさまざまなVRトラッカーが販売されており、それぞれ異なる特徴や強みがあります。その中で「ららとら」は、私自身がVRを利用する中で重視してきた要素を、一つの製品としてまとめることを目標に設計しています。
例えば、電源には単三電池を採用しました。
近年は内蔵充電池が一般的ですが、長時間のライブイベントやVRイベントでは、途中で充電切れが発生することがあります。そのような場面では、充電を待つよりも、乾電池を交換してすぐに使い続けられる方が、自分の使い方には適していると考えました。
また、トラッキング方式にはSlimeVRを採用しています。
IMU方式であるため、ベースステーションを設置する必要がなく、部屋のレイアウトや遮蔽物を気にせず利用できることも、自分の環境には大きな利点でした。ギター演奏のように身体の前へ物を構える場面でも、光学式とは異なるアプローチで安定したトラッキングが期待できます。
SlimeVRで動くようにすることでSlimeVRのドリフト補正やトラッキングの補正機能をそのまま扱えるのでIMU方式でも、自分が納得できる精度・使い勝手でVRプレイできることも利点の一つとして挙げておきたい!
しかしこれは、オープンソースを使わせて頂いているため、自分の功績ではありません。
さらに、長時間装着することを前提としているため、小型・軽量であることも重要な設計条件でした。
VRトラッカーは、一日中身に着けることもある機器です。そのため、性能だけではなく、装着感や重量、電池交換のしやすさといった日常的な使い勝手も、設計段階から重視しています。
こうした一つひとつの設計は、特別な新技術を採用したから生まれたものではありません。
「自分だったら、こういう製品が欲しい。」
その考えを、一つずつ形にしていった結果が「ららとら」です。



そして、販売を開始してから気付いたことがあります。
製品は完成しても、開発は終わらないということです。
実際にユーザーの方々と接し、サポートを続ける中で、「設計者なら当たり前」と思っていたことが、初めて使う方には大きな負担になっている場面を数多く見てきました。
説明書を書き直し、サポート方法を見直し、それでも解決できない課題は、製品そのものを改善する。
そうした積み重ねによって、「ららとら」は一つの製品ではなく、「シリーズ」と呼べる存在になっていきました。
新作「ららとら-S-」で目指したもの
初代「ららとら」を販売してから、多くの方にご利用いただき、さまざまなご意見やご感想をいただきました。
もちろん、製品そのものに対する評価もありましたが、それ以上に印象的だったのは、購入後のセットアップや運用に関するお問い合わせでした。
製品として販売する以上、サポートを行うこと自体は当然だと考えています。
しかし、サポートを続ける中で感じたのは、
「どう設定するか」を説明するよりも、
「そもそも設定を必要としない設計」にできないか。
ということでした。
例えば、初代ららとらでは各トラッカーのWi-Fi設定が必要でした。
一度設定してしまえば大きな問題になることは少ないものの、初めてSlimeVRを利用する方にとっては、その最初の設定が大きなハードルになっていました。
そこで、ららとら-S-では通信方式そのものを見直し、専用ドングルとブリッジアプリ「LaLaLink」を組み合わせた構成を新たに採用しました。
これにより、各トラッカーのWi-Fi設定は不要となり、これまで以上に導入しやすい構成を実現しています。
もちろん、新型で見直したのは通信方式だけではありません。
初代で評価いただいていた「単三電池で長時間使用できる」という特徴はそのままに、本体構造も全面的に見直しました。
電池交換はより行いやすく、本体とホルダーは着脱式となり、日常的な取り扱いも容易になっています。一方で、VRChatでのダンスやライブ演奏のような激しい動きでも不用意に外れない保持力は維持しており、「扱いやすさ」と「信頼性」の両立を目指しました。
激しい動きでも、トラッカーそのものが移動しないように、ベルト部分とホルダーの部分を工夫していて体に取り付けたときに簡単にはホルダー位置がずれないようになっています。
リュックや衣服のベルトで使われるようなカムバックルの構造を参考にすることで、位置ずれ軽減しつつ、ホルダーを介してトラッカー裏側の電池抑えの役割もはたせるような構造でくみ上げています。
また、センサーや消費電力についても改良を重ね、電池寿命やトラッキング性能など、日常的に使用する上で重要となる部分を一つずつ見直しています。電池持ちも旧作より上がっています。
どれも単独で見れば大きな変化ではないかもしれません。しかし、実際に毎日使う製品では、こうした小さな改善の積み重ねが使い勝手を大きく左右します。「ユーザーがどこで困るのか」「毎日使うなら、どこを改善すべきか」という視点から設計を見直していくことが、製品全体の使い心地を大きく左右すると考えるようになりました。
その意味では、「ららとら-S-」はまったく新しい製品というよりも、初代ららとらを実際に運用し、多くの経験を積み重ねた結果として生まれた製品です。
新しい機能を増やすことではなく、これまで感じてきた不便さを一つずつ設計によって解決すること。その積み重ねこそが、「ららとら-S-」という新しいモデルにつながっています。
現在予約販売中の「ららとら-S-」の使用感ですが、
実際に先日のライブで使用しましたので、アーカイブを載せておきます。
Oculus Quest3+生演奏のギター+ららとら-S-という装備で臨んでいます。
また、製品とはまったく関係ないところなのですが、アバターに仕込んでいるギターの位置の同期ズレが解消せず、他人から見たギターが低い位置のままになっています……。症状を公開して、皆さんに情報を頂いているところです。
これからの「ららとら」シリーズ
「ららとら-S-」は、私の中では現時点でかなり完成形に近い製品だと考えています。
もちろん、細かな改善点はこれからも出てくると思います。しかし、初代「ららとら」で目指していた方向性は、「ららとら-S-」で一つの形にまとめることができたと感じています。
一方で、技術そのものは常に進歩しています。
より性能の高いセンサーが登場すれば試してみたいですし、新しい通信方式や実装方法が一般的になれば、それらも積極的に取り入れていきたいと考えています。
より消費電力の低い無線マイコンなどもあるので取り入れていきたいですね!!
そのため、「ららとら-S-」が現時点での完成形に近いという考えと、「今後も改良を続ける」という考えは、私の中では矛盾していません。
より良い方法が見つかれば設計を見直し、その時点で最適だと考える形へ更新していく。それが個人開発の面白さであり、「ららとら」シリーズらしさでもあると思っています。
ただ、今後は「ららとら」の改良だけではなく、新しいガジェットの開発にも取り組みたいと考えています。
VRでの体験をより快適にするものや、私自身が続けている音楽活動の中で「あったら便利だ」と感じているものなど、既にいくつか構想しているものがあります。
まだ具体的にお見せできる段階ではありませんが、それらも一つずつ形にしながら、「作りたいものを、自分で作る」という姿勢はこれからも変わらないと思います。
「ららとら」は、その最初の一歩でした。
これからも、自分が『こういうものが欲しい』と思える製品を、一つずつ形にしていきたいと思います。その結果として、それが誰かにとって新しい選択肢になれば、開発者としてこれ以上嬉しいことはありません。
最後まで読んで頂きありがとうございました!
