私は、自分の欠点を愛したくない。受け入れたくない。 -「アイデンティティ」と「制約」の違いについて、歌を通して考えたこと-

どうもこんにちは、CHiHAYAです。
私はVRChatやclusterなどのメタバースで、歌を歌ったり創作活動を行っています。
まえがき
突然ですが、皆さん嫌いな食べ物はありますか?
私は幼少期から、結構食わず嫌いや、食っても嫌いが多かったのですが、大人になってから少しずつ克服し、手に入る範囲の食品の”食わず嫌い”は克服したと言っても良いと思います。
ただ”食べられる”と言っても、苦手なままのものもあるものです。
代表的な物だと、油たっぷりのお肉類、特にカルビとか高級なお肉とか。
あとはホイップクリーム。
それに、甘草と、甘草の味がする代用甘味料。
パクチー、春菊、三つ葉などの香草系。
少量なら食べたいなぁと思う事も多いのですが、大皿にドンと出されたら嫌だなぁと思います。
もちろん、食わず嫌いを克服する過程で、美味しい物にもいっぱい出会いました。
私はネバネバしたもの全般が苦手だったのですが、今はオクラやとろろや納豆など、大好きになりました。
(最近なんかは朝ごはんは納豆+目玉焼きが定番で、家族もそこそこ食べるので納豆のストック管理が大変です。)
もし、
「食わず嫌いもあなたの個性だよ。無理に変えなくていいよ」と言われていたら、どうなっていたでしょうか。
生きていると、似たような言葉をよく耳にします。
今回のお話は、食べ物ではありませんが、少しだけ似たようなお話です。
メタコミVtuber投稿祭の話題を目にし、せっかくなのでエッセイを書きおろしてみます。
私のこれまでを紹介しつつ、活動の根源とは何か、そして世の中に対する疑問を「アイデンティティ」と「制約」というテーマでまとめました。
3歳で自分の苦手を自覚する
私は幼少期から人前が苦手でした。
どれくらい幼少期からかというと、人前が苦手だと自覚したのは、幼稚園の入園式前のこと。
今でいう「プレ入園」という入園前の顔合わせ期間だったと思います。
当時、年齢は3歳くらい。
そこで、皆の前で一人ずつ立って、”自分の名前”と”父親の名前”を言う……というものがありました。
なぜ幼稚園の自己紹介で、父親の名前を言わされるんでしょうね?
……なんて疑問は置いておいて。
私は”父の名前”を言わなければならないのに”祖母の名前”を言ってしまいます。
なんで父親と祖母の名前を間違える?と思われるかもしれませんが、
幼少期の自分的にその二つは韻がなんとな~く、似ていたんですよ。
今では絶対に間違えませんし、当時も「それは父親の名前」「それは祖母の名前」と理解していました。
「それはおばあちゃんの名前でしょ」
なんて親に言われて、自分でもわかっていたのに。なんで間違えちゃうんだろう。思った通りに出来なかった。
私は3歳にして、”人前で自分の実力が出せない”という初体験をしました。
その後、小学生になり、クラスメートの前に立つ機会や、先生にあてられて問題に答える、音読する、なんて機会はたくさんありました。
……まぁでも、こういった学生時代に人前で何かをする機会というのは、だれしも苦手意識があるものかもしれません。
印象的なエピソードとしては、小学校中学年くらいの時、何かの作文を皆の前で発表する機会がありました。
嫌だなぁと思いつつ、逃げ出したりするほどでは無かったので、普通に教壇に立って文章を読み上げましたが……ひざはガクガク。手は震えに震え。あー、めっちゃ震える、ヤバイなぁと思いつつも、震えは止まらず、そのまま読み上げました。
その後友達から「めっちゃ震えてたね」と言われ、ろくな返事は出来ませんでしたが、内心は「ホントだよ、嫌になるわ」と思っていました。
3歳の時も、この時も、「人前が苦手な人間である」ということより「なんで上手くできないんだろう、煩わしい」という感情の方が大きかったと思います。
高校生。ヒトカラにハマる
「なんで上手くできないんだろう、煩わしい」を抱えたまま、高校生になりました。
高校生になり、バイトもして自由なお金と時間を持て余した私はヒトカラ(一人でカラオケに行く事)にハマります。
今現在、メタバースで音楽活動をしていると冒頭でお話ししましたが、ここで「プロを目指しました」とか、「軽音部に所属してボーカルとして活動してました」なんてカッコイイ事を言えたら良かったのですが、特筆すべき事は全くなく……
むしろ、友達と行ったカラオケでは「歌小さすぎて聞こえないね」「何歌っても同じに聞こえる」と辛辣な事を言われ……。
(※いじめとかではなく、友達同士ではこれくらいお互いに言うのが普通でした。若い)
実際、事実で自覚はあったのでグゥの音も出ませんでした。
ここでも、友達と行ったカラオケで普段なら外さないようなところで音を外したり……といった事もありましたが、これまでの人生経験に比べたら些細な事です。
また、一人の方が気が楽だし、いっぱい歌えるしお得だわ~と毎週のように通っていたヒトカラも、順調というわけではありません。
生まれながらの鼻疾患や呼吸器系の弱さもあり、15分で歌えなくなり、ギブアップ……その日は1時間くらい持ってきてもらったドリンクを飲みつつ、カラオケの雰囲気を楽しんでまったりするだけして帰ったり、鼻の通りが一切無くて苦しいのに、無理して歌いと押したり、満足に歌えるのは4回に1回ほどでした。
「今日は調子が良いぞ!」という日は良いのですが、調子が悪いのを無理して歌い続けて、「なんだ歌えるじゃん!」なんて日もあり……今更ながら、よく喉を壊さなかったなとひやひやします。
3歳からの「人前が苦手な意識」と上手い下手以前の「歌に向いていない身体」があったため、『歌で生きて行こう』なんて発想すらありませんでした。
カラオケですら、4回に1回しか満足に歌えないなんて、夢を見る前に『向いていない』と思っていたからです。
なにより、誰に向けてでもなく、一人で歌う自由というのが最高でした。いまでもヒトカラは大好きです。
就職後、人生を変えた一言
なんやかんやで就職。
上下関係が厳しい職種で、若干の理不尽はありましたが、比較的良好な職場です。
そこで、サバサバした先輩から、「あなたほんと、鼻息凄いよね。後ろにいても、フガフガ聞こえるよ」と言われます。
またも「酷い言われようだな」と内心思ったのですが、本当にそれは事実で、私はこの時もほぼ鼻呼吸が満足に出来ていないのです。
小学生くらいから、授業中は鼻は詰まるし、授業中もズビズビ鼻をかみたいけれど、チーンと物凄い勢いで鼻をかんでも音だけ凄くていくらやっても通りません。
「口はぽかんと開けない。閉じる」という指導は当時もあったので、口は閉じるようにしますよね。
結果、少ない空気の通り道をフガフガ言わせていたのです。
私にとって、「今日は調子がいい」という日は本当に少なく、1年のうち350日くらいを鼻づまりや頭痛、微熱と一緒に過ごしていました。
しかし、この先輩が救世主でした。
「あなたほんと、鼻息凄いよね。」の後に続く言葉は「知り合いも同じような感じで鼻が詰まってて、大学病院で手術してもらったみたいだから、アンタも行ってみたら?」
耳鼻科には通っていた事もありますが、基本的には直接鼻に薬を塗るか、蒸気みたいな薬を吸うか、飲み薬を出して貰うだけで、行ったその日は良くなりますが……飲み薬の副作用も辛く、”根本的な治療はしてくれないところ”といったイメージでした。
なんで、そんな治療があるなら、早く言ってくれなかったんだ……。
しかし、その手術に関して詳しく聞くと、全身麻酔が必要だとか、1週間くらい入院するだとか……仕事をしながらするには少し重めの手術で、悩みます。
しかし私は、「この手術を受けたら、満足に歌えるようになるかも……?」と淡い期待が胸をよぎります。
でも、治療の対象じゃないかもしれないし、とりあえず紹介状を貰うために、近所の耳鼻科に行ってみよう!
手術。後悔。そして、初めて息が吸えた日
「こりゃ酷いから、紹介状出しますね」
受診したところ、近所の耳鼻科のおじいちゃん先生から、本当にあっさりと、大学病院への紹介状を貰います。
なんで、そんな治療があるなら、早く言ってくれなかったんだ……。
手術をしてもらえる大学病院も比較的近く、仕事も有給を取ることは非常識!みたいな職場(というか、業界全体がそういう価値観)だったのですが、無理を言って休ませてもらいます。
私のその時の、病名的としては「鼻中隔湾曲症」というらしく、日帰り手術も出来るとはネットには書いてありますが、やはり全身麻酔で1週間ほど入院は必要なようです。
でも、手術前は「歌がちゃんと歌えるようになるぞ~!」とワクワクでした。
そして入院、手術、初めての全身麻酔。
そこで、「この手術が安易にオススメできない理由」を体験しました。
鼻の手術でしたが、鼻はそこまで痛くはありませんでした。ガーゼがパンパンに詰まっていつので、空気の通り道が無く、食べ物を飲み込むのも息をするのも一苦労でしたが、そんなことよりも……
手術後、一番痛かったのは、”歯”です。
歯にも神経がある、という知識は持っている方も多いとは思いますが、顔のパーツの神経はどれも繋がっているのです。鼻と近い位置にある歯も、もちろん。
歯の神経治療をされた経験のある方はわかるとは思いますが、
……とても痛いです。
全部の奥歯の神経がもうとにかく痛くて痛くて。何をしても休まらない。
そんな状態に絶望し「手術やめれば良かった……」と後悔していました。
そんなこんなで、数日間は悶絶していましたが、鼻のガーゼを外して貰える日が来ます。
鉗子のようなもので、鼻のガーゼをつまみ、どぅるんと長い血まみれのガーゼが鼻から取り出されます。
今まで生きてきた中で、感じた事のない清涼感、胸いっぱいに吸える空気。
手術してから数日後に、ようやく手術の結果を体験しました。
なにこれ、私は今日、”生まれた”のかな?
そんな清々しい気持ちでした。
その後、退院前の診察で、私の今までの鼻の通り道と手術後の通り道の写真を見せて貰いました。
手術前は、つまようじの細さくらいの、かすかな光が向こう側に見えます。
手術後は、指の太さくらい。ぽっかりと空いた通り道。サイズが全然違います。
気のせいなんかじゃない、明確な”息苦しさ”を感じていた人生だったのです。
ようやく歌を歌う土台が整った……?
手術後、1年のうち350日くらい調子悪い日で過ごしていた人生から一転し、1年のうち350日は調子が良い日が続きます。
なんで、こんな治療があるなら、早く言ってくれなかったんだ……。
もちろんカラオケでも調子の良い日は格段に増えましたが、次の難関がやってきます。
私はその時”裏声”でしか歌えませんでした。
いわゆる「ライトチェスト」と呼ばれる声の状態で、
「裏声」「地声」に関する流派もあるので、説明が難しいのですが……いわゆる「合唱声」でしか歌えない状態でした。
今なら発声の仕組みも少しは分かります。ポップスの発声というのは、かなり地声の重要度が高く、さらに”鳴る声”にするには裏声と地声のバランスがものすごく重要です。
今でも、喋り声はかなり裏声に寄っていて、これが元々の私の個性というのもあるとは思いますが、長年の疾患による呼吸の癖というのもあるとは思っています。つまり、鼻の手術が終わっても、歌のスタートラインに立っただけだったのです。
裏声でも曲によっては問題ないとは思いますが、
私は地声を高らかに響かせるロックが歌いたかった!
※私の場合は、長年歌ってきた中で、鼻の調子が悪い日は地声が出にくく、喉の調子が悪い日は裏声が出にくい傾向がありました。皆さんもぜひ、体調不良の際は、どこが不調だとどの声が出しにくくなるのか探してみると面白いですよ。
余裕が出来ると、挑戦したくなる
裏声でしか歌えない状態から、地声の練習をし、最初はただ”怒鳴る”ような地声も、ようやくサマになってきたかな? ミックスボイス、というのも出来るようになったかな?
……と思った、手術からしばらく経った頃の事です。
当時まだ話題になりたてのMBTI診断(質問に答えて16のタイプに分類される性格診断みたいなものです)があり、そういうものに興味があった私もネットで診断したところ、タイプはぼかしますが、頭が「I」の方のタイプでした。
MBTIのタイプとして、先頭のアルファベットがE=社交的、I=内向的と言われています。
(厳密には違いますが、ステレオタイプ的な理解でなら↑でOKです。詳しくは検索してね)
内向的であることも、嫌いではありません。おうち大好き。
ただ、I型は「生涯年収が低い傾向にある」なんて話も目にしました。
(本当かどうかはさておき……私は、お金はとても欲しい。)
世の中には「人前で話せる人」「人を巻き込める人」が得をする場面が、たくさんあります。
そう考えたとき、「人前で力を出せない」「人前に出るという手段を避ける」というのは、私にとって性格ではなく、人生の選択肢を減らす制約でした。
「なんで人前で上手くできないんだろう、煩わしい」という今まで持っていた感情だけではなく、人生の手段として選べるカードが少ないというデメリットを意識し、そろそろ何とかしないとな、と思うキッカケになりました。
幸いなことに、良い環境は良い未来を作ります。
体調が良くなったせいか、体調だけではない……その頃抱えていた諸々の環境も少しずつ良くなり、ここでようやく「チャレンジしたり。人前に出るのが苦手な性質を克服したい」と漠然と思うようになりました。
チャンス、そして新たな挫折
ある日、人生の転換とも言える出来事が起こります。
友人のひとりに、作曲を趣味にしている人がいます。
たまたま、普通にお家に遊びに行った時に、作った曲を聞かせて貰いました。
当時はデモ音源のような感じで、ほぼほぼ曲は完成していたのですが、
それを聞いて「自分ならこう歌うのにな」と感じた瞬間、自分でも驚くような言葉が口から出ました。
「この曲を歌いたい」と。
友人は乗り気になってくれて、音楽スタジオを予約してくれて、あれよあれよという間に収録に臨むことになります。
配信活動や、歌ってみた動画等を上げたりしたこともない、ただのカラオケ好きが、いきなり初レコーディングです。
この頃は、「ちょっと歌に自信が出て来たかも、人前で披露できるかも?」と思っていましたが、淡い心を容易く打ち砕く程、レコーディングは難しかったです。
そもそも”カラオケ”と”レコーディング”は全然別物だというのが、この時は理解できていませんでした。
一緒に遊んだりカラオケに行ったりする仲だった友人とはいえ、歌うのには緊張する環境。限られた時間制限の中で録らないといけないというプレッシャー。歌ってから2時間後くらいが一番調子が出るので、事前にカラオケで喉を慣らしてしたのに、すぐ枯れる声。
3時間という限られた時間で、メインとコーラスまで撮って、自分としては最善を尽くしたつもり……
しかし、完成した音源を聴いて絶望しました。
『もっと修正してくれ!!』
『そこ下手なんだから!!』
……なんて、今でも思ってます。
自分なら、ちょっと出来るかも! と思った自信がここで打ち砕かれたのでした。
↓その時の曲は今でも聞けます。こちら「Quasar」です。
※このときは「CHiHAYA」ではなく「にゃんこむ」として活動していました。
猫の飼い主の交流用のアカウント名なので、その名前で活動することも想定外で……
もう歌ったよね??
また、この頃から「VRChat」というVRSNSにも足を踏み入れることになります。
元々、VRChatの存在は知っていて興味を持っていたのですが、この友人が色々と教えてくれて、私もVRChatに入ることになります。
で、……この友人がVRChat内で友達と集まったりする時に、この曲をいきなり流したりするもんだから、聞くたびに心臓が止まりそうになります。「やめてくれ!!!」と叫びたくなることも。
そりゃ、他のメンバーも集めて作った曲だから、聞いて欲しいのはとてもわかるけど……というか、「聞いてくれるな!」と思っていた私の方が間違いなのですが……。
まぁでも今聞くと、初々しさがあって良い気もするんですけどね。
今このように歌おうと思っても、歌えませんし。
この友人はなかなか強引な所があり、次は「バンドをやる」という話になります。
私としてはこの1曲だけちょっと歌ってみようかな? というだけだったので、寝耳に水です。
VRChatでバンド活動をやりたくて、ちょうどボーカルだけが空いているとのこと。
(これが小説だったら、「ご都合主義だな」と笑っていたと思いますが、現実です。)
実は、このレコーディングした時の”Quasar”はVRChatで既に組んでいるバンドの楽器隊が演奏していたため、私が歌ったために「え?もう関わっているよね?ボーカルやるよね?」となし崩し的に加入となりました。
思えば、あのレコーディングが、一回きりで終わっていたら。
きっと私は「挑戦なんてするもんじゃないや」と挫折感を味わったまま、ヒトカラを楽しみながら、今まで通りの日常に戻っていたでしょう。
友人の強引さに助けられましたが、きっかけは自分が「歌いたい」と言ったことなのです。
時には喧嘩も。
レコーディングですら挫折の連続なのに、バンド活動が上手く行くはずないですよね。
私以外のメンバーは、作詞作曲兼ベースの友人、ギター、ドラム、どの担当もそれなりに音楽経験あり。そこに一人素人。しかも人前が苦手な。
この頃の私は、今ほど強くはなく、よく病むし「自分なんて……」という感情が今以上に強かったので、本当に迷惑をかけたと思います。
また、単純な”バンド活動”というだけではなく、”VRChatでのバンド活動”です。
(家用にマイクを買ったりオーディオインターフェースというものを買ってみたり、VRで動くための機材を買ったり、よくわからないモノを聞いて揃えるのも大変でしたが……この頃はどんどん通帳の残高が減っていきましたね……)
そんなこんなで、他にも作った曲を歌ったり、VRChatでの初ライブに挑んだり、と目まぐるしかったのですが……
初ライブでは、まだ”ボーカル”という意識が無かったので、「なぜ私だけMCで喋らなきゃならないのか、みんな喋らなきゃ嫌だ」と駄々をこねたり……。
「ボーカルはフロントマンだからだよ」なんてことを言われましたが……。
「仮にもロックバンドを名乗るヤツが、杓子定規に、こうだからこう、っておかしくない? ギターがボーカルより喋ったっていいでしょ!! ロックの反骨精神、カウンターカルチャーとしての役割はどうしたんだよ! お利口にやりたいならクラシックやればいいじゃん!」と言い返すくらいでした。
今なら「ボーカルはフロントマン」という役割の重要性……というか、まぁその役割をボーカルがしたほうが何かと”都合が良い”というのが理解できますが……。
でも、いまでも内心は「ボーカルばっかり喋らされて、楽器演奏する人たちは、喋らなくてズルイなぁ」と思います。
結局、初ライブは私がMC台本を書いて他の人たちに役割を分担し、みんなでMCをやってくれることになりました。優しい。
音楽活動、一進一退。
もちろん、VRChatでの初生歌は散々でした。直前まで緊張して病むし、お腹は痛くなるし、ご飯は食べられなくなるし……ライブ中もぜ~んぜん思ったように歌えないし。
しかし、ここでも友人の強引さに助けられ、そこまで頻度は高くありませんが、ライブを重ねていくことになります。
ライブ前になると、ご飯が食べられない。眠れない。お腹が痛い。
そんな症状は相変わらずでした。
ただ、不思議なことに、慣れるたびにその期間だけは短くなっていきました。
1か月前からだったものが、10日前になり、1週間になり、3日前になり。
ライブ本番も、最初は最後まで思うように歌えなかったのが、最後の曲だけ調子が良くなり、それが2曲目の途中からになり……と、少しずつ「いつもの自分」を出せる時間が増えていきました。
ただ、そんなトントン拍子でいくはずもなく……。
客席に友達がいる。ゲストがいる。メンバーが違う。……そんな、他人から見れば些細な環境の変化で、また「1カ月苦しみモード」に戻る事も多々ありました。
「人前が好き」「人前が平気」の違い
その後、VRChatのライブを重ね、別のユニットでの音楽活動をしたり、clusterという別のVRSNSで活動したり、紆余曲折ありました。
今もまだ慣れない環境は緊張しますが、だいぶ「人前に出る」というカードが手札に入ってきていて、それをいつでも使える状態にはなったと感じます。
ただ、やはりボーカルとして色々な方と関わると、そもそも「人前が好き」「自分の歌を聞いて欲しい」という人たちが多くいて、私の方が異質なんだなぁと疎外感を感じる事もあります。
(もちろん、ボーカルでも人前が苦手で内向的な人もいますよ)
あとは「自分の歌で人を感動させたい、助けたい」という人もいて、とても素敵だなと思います。
私は自分の歌を自分で聞いても「あ、今間違えたな。ここはこういう風に歌うべきだな」とか、そういう感想しか出てこないので、自分の歌では感動するというのが実感できないのです。なんというか、主観的過ぎな人間ですね……。
それでも音楽活動を続ける、よこしまな理由
「じゃあなんで今も音楽活動を続けているの?」と思われるかもしれませんが、その理由は二つあります。
その一つ目。
やはり”本番”というものがあると、歌が上達しやすいんです。
一人で歌っているだけだと、どうしても聞き込みが甘く「歌いたい」という気持ちが先行して、うろ覚えのまま歌ったりしてしまいますが、”みんなで曲をやる”となると、原曲を聞きこんだり、演奏によってはアレンジも変わったりして色々考える事が増えます。
人前で歌う事は歌の上達にはとても近道だなぁと思います。
私は私の歌のために、ライブをしたり人前で歌ったりしますが、幸いなことに、それを見に来て下さる方も多いのです。
VRSNSやメタバースという環境は、とても恵まれていると感じます。
「私の自己満足に付き合わせるなら、せめて楽しんでもらえるように、全力で」というのが、私が初めてのライブからずっと思っている事です。
二つ目が、本当になんというか……説明しにくいのですが、中毒症状みたいなものでして……
ここに来て、「1カ月苦しみモード」が思わぬ作用を起こします。
例えば、ニコチン依存に少し似ているのかもしれません。
吸わないと落ち着かない。
吸った瞬間にホッとする。
そんなようなものです。
私にとってのライブとは、
・本番前=眠れない。ご飯が食べられない。お腹が痛い。不安でいっぱいの時間。
・本番中=アドレナリンが不安を上回り、とにかく全力を出す時間。
・本番後=全部終わったという解放感。
つまり、「蓄積された不快感」と「一気に解放される爽快感」のセットだからです。
毎回、「ようやく終わった! 解放される!! 最高~~!!!」って感じです。
今一緒に音楽活動をしているKooTA氏にこれを話すと、「ライブ依存症だね」と笑われましたが、「でも気持ちはちょっとわかる」と。
なにかしら活動をしている方は、共感してくれたりするんでしょうか?
どうですか?
「アイデンティティ」と「制約」
ここでようやく、タイトルにも書いた「アイデンティティ」と「制約」の話になります。
私の「人前が苦手」というのは
”アイデンティティ(個性)”でしょうか?
それとも”制約”でしょうか?
……私にとって『人前が苦手』は、結局どうなったのか。
今の答えは、とても中途半端です。
苦手なままです。それ自体は楽しくは無いです。
でも、慣れました。
だから何かする上での選択肢として、人前に立つことを選べるようになりました。
「苦手」だけど「慣れた」ので手段として選べるようになっただけ。
やはり根本は変わらないのか? と考える事もあります。
ただ、その苦手に抗ったからこそ見える景色があります。
最初の時点で「あなたが人前が苦手なのは、あなたの個性だから大丈夫だよ。そのままで」と言われていたらどうなっていたでしょうか。
……また、私の場合は「残念ながら、まだ苦手なままです」という結論になりましたが、
「実は人前が苦手というのは、”食わず嫌い”のようなもので、人前が大好きになりました」という人だっていることでしょう。
今の世の中は、自分の今の状態を個性として大事にしてくれる優しい世界です。
それはそれで、良い世の中だと思います。
しかし大事なのは、その人の状態を「個性」と決めつけ過ぎないということなのかなぁと思うのです。
『私って〇〇が苦手な”人間”だから』と言って、立ち止まってしまう人を見ると、少しもったいないなぁと思ってしまいます。
私にとって、アイデンティティとは『これが私らしい』と思えるものです。
環境によっては強みにもなり、無理に消す必要はありません。
一方で、制約とは『これさえなければ、もっと自由に選べるのに』と思うものです。
そして、その境界線を決められるのは、本人だけです。
「自分の欠点を愛そう」という世の中だからこそ、
自分の欠点を愛するかどうかは、自分で決めたい。
嫌いなものを、無理やり好きになれと言われるなんて、ひどい!
……とは言いつつも、人前が苦手という性質は、私にとっては”制約”ですが、
「う~ん、やっぱりこれが”私”なのかも?」と、
”認めたくないアイデンティティ”だと感じる事も増えました。
しかし、音楽活動や人前に出ることになったのは今から6年ほど前。
またここから先、年月を重ねていけば、また別の結論が出るかもしれません。
そのときは、またこうして報告出来ればいいですね。
最後に、先日(2026年7月30日)のVRChatライブのアーカイブを貼っておきます。
6年前にレコーディングした「Quasar」と比べながら聴いていただくのも面白いかもしれません。
「こんなことを書いている人は、どんなふうに歌うんだろう?」
そう思った方は、ぜひ覗いてみていただけたら嬉しいです。
なお、公式アーカイブでは一部配信トラブルがあります。
その部分も含めてご覧になりたい方は、メアリさんの配信アーカイブもあわせて見ていただけると嬉しいです。
